| 【子育てグッズ研究会】表紙 |
帝王切開 五十嵐美江子
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私は、帝王切開で三人の子供を出産しました。
一回目は、酸素不足による胎児仮死が原因で緊急オペになりました。そのとき、子宮口は8センチ開いていて陣痛もかなり厳しかったので、結局自然分娩と帝王切開の両方の痛さを味わうことになってしまいました。 親からは「あなたは、下から産めなかったのね。」などと言われ、何か女性として機能を果たせなかった自分が悲しく、そして悔しく思えてなりませんでした。 せめて、母乳だけはたくさん出さなくてはと、母乳マッサージの本を見ては躍起になってお乳をいじくり回していた記憶があります。 その甲斐あってか、母乳は乳腺炎になるほどたくさん出て精神的に少し楽になりました。 退院後、実家で一ヶ月あまり過ごしたのですが、出産した病院の噂が耳に入ってきました。「あそこの病院はすぐ切る」という噂でした。私は、夜中に陣痛が始まり明け方助産婦の内診中に破水し、それから医師がいないということで朝の9時頃まで放っておかれ、何の手だてもなく、オペになったように思います。 私自身、本当は自然分娩できたのではないかと思っていたので、その噂を聞き、やられた! とすごい怒りがこみ上げてきました。 でも、実際のところは先生しかわからないことなので、仕方がないことですが… (無事に赤ちゃんが生まれたのだからそれでいいんだと自分に言い聞かせもしました) そして、2年が過ぎ、二人目を妊娠しました。今度こそ自然分娩でと思い、ラマーズ法を取り入れている産院で出産することにしました。 医師は前回胎児の理由による帝王切開だったこと、子宮口、陣痛ともかなり進んでいたということで、自然分娩の予定で進めてくれることになりました。予定日2週間前陣痛が始まりました。 いよいよ出産だとまるで陣痛の痛さを待ちこがれていたかのように嬉しく思えてなりませんでした。 しかし、陣痛の間隔も強さも進まない状態のまま、まる2日間病院で過ごすことになってしまいました。子宮口も2センチのまま一向に開かず、このままでは子宮破裂のおそれがあると医師に言われ、帝王切開の準備に入らなくてはならなくなってしまいました。 ラマーズ法の特訓コースにも通い頑張ったのに、またもや帝王切開とは… なんとか自然分娩をと思い、助産婦や医師に手術を待って欲しいと頼みました。陣痛が来るたびに子宮口が開いてきたんじゃないかと3度内診もしてもらいました。 でも変わりなし。それでも助産婦は自然で産めると言ってくれましたが医師にはもうこれ以上待てないと言われ、この子も手術で出産することになりました。 「3人子供が欲しい」だからこそ、この子は自然分娩でと考えていたのに…(3回までお腹を切ることができるが、そのうちの一回は自分の病気の時のためにとっておいた方がいいと前回の産院で言われていた)手術が2回続くと3人目はほぼ100%帝王切開。 3人子供が欲しいけれど、3回も手術をして大丈夫なのか、不安が募りました。結局、今の医学技術を信じ3人目の妊娠を決意し、陣痛が起こる前に帝王切開で出産しました。 「2度メスを入れているため、子宮の傷跡部分がとても薄くなっていて胎児の髪の毛が透けて見えていた。 もし陣痛が来ていたら子宮破裂になって母子ともに危険だった」とあとで聞かされたとき、初めて医師に感謝する気持ちができました。
世間でいう産みの苦しみを知らない自分へのコンプレックス、そして生まれてすぐにわが子にお乳をあげられない赤ちゃんへのお詫びの念が一度に押し寄せ、涙が止めどなく出て声を殺して病室のベッドの中で泣いてしまった夜もありました。
そんな気持ちを一人の看護婦さんはこう言ってくれたんです。「自然分娩でも帝王切開でも同じ出産であることにかわりはない。むしろ、帝王切開は自分の体を傷つけてまでも赤ちゃんを産んだの。それは母性がなくてはできることではない。 あなたは立派に3人も子を産んだのよ」と、その言葉を聞いてこの5年間ずっと持ち続けていた帝王切開で出産したことへのコンプレックスが氷のように溶け、気持ちがとても楽になりました。 そして今、3人の子供の寝顔を見て、3人とも元気に無事にこの世に生まれてこれたことを心から嬉しくそして感謝できるようになりました。 |